北上ウオッチ

2015年9月4日

<番外編>ミステリアスな二子さといもと、北上あるある

二子(ふたご)さといもは、二子町の種イモから生まれたので「二子さといも」…というだけではその理解が充分ではありません。
少なく見積もっても二子町で300年にもおよぶ栽培の歴史があり、それは町の歴史とも密接に関係しています。

二子さといもは普通の里芋とどう違う?

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二子町振興協議会が発行している「二子いものこ 300年の歴史」(2014年発行。写真上)によれば、さといも自体は古くは万葉集に登場しており、その歴史はジャガイモやサツマイモより古いそうです。

そのためか地方ごとに伝統品種が存在します。
二子さといももその一種で、ほかにも八頭、京芋(筍芋)、大野芋などがあり、主に食する部位や味わい、食感もそれぞれ特徴があるようです。

一般的に、さといもは親芋から子芋、孫芋と連なって成長します。
二子さといもも同じですが、主に子芋を食べる品種なので、大玉の子芋が好まれる傾向にあり、粘りとコクが特徴です。

食品としても優秀で、さといもが持つ「ムチン」や「ガラクタン」といった栄養成分には、インフルエンザや認知症予防、便通をよくする、血糖値改善などの効果があると言われています。
しかも芋の中ではカロリーが低い!

以前特集したごしょ芋といい、二子さといもといい、北上市には健康になれそうな芋が多いですね。
実は長芋の産地でもあるのです。
二子さといも、長いも、ごしょ芋、ぜひ北上3大イモを味わってみてください!

まだ謎の多い二子さといものルーツ

ここで話題を二子さといもに戻しますが、疑問がわきます…。

もともとさといもは熱帯原産の作物で、世界的に見ればタロイモの一種でもあるとか。

寒い東北、しかも岩手の中でもさらに厳寒の北上市に、少なくとも300年根付いているのは、種の突然変異や進化という以外にも何か理由がありそうです。

しかし!
二子さといもの起源は完全には明らかになっていません。

同じく「二子いものこ 300年の歴史」によると、岩手県農業研究センターの阿部弘氏が、「交通の要所伝播説」「和賀氏の存在」という、2つの仮説をたてていますが、これから新たな資料が見つかり、解明されることが期待されています。

…なんてミステリアスなさといも!

北上あるある!「南部」と「伊達」で違う芋の子汁

北上市は、藩政時代には南部藩と伊達藩の境界にあった町で、今でも市内には当時の境界を示した「境塚」が一部設置されています(写真下)。

ここは相去町(あいさりちょう)の、ごく普通の一般道脇にあった境塚です。
ぽつーんとあるので、最初は気がつかずに通り過ぎてしまいました。

近くまで行ってみると、境塚案内板の左(南)に「伊達領」、右(北)に「南部領」と書いてあります。

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特集した二子さといもの産地、二子町は南部藩の土地でしたが、市内でも伊達藩に属していた町だと芋の子汁の味付けも具材も違ってくるのだとか。

南部藩と伊達藩の習慣の違いが現在にも続いているのは興味深いですね。

ちなみにこの記事を書いているわたしは旧伊達藩エリアの岩手県出身者ですが、「伊達」や「南部」が会話に出てきたことはありません。
境界にあった北上だからこそのあるある、ですね。

北上のこのあるあるを解説できればもう北上ツウかもしれませんよ♪

■本文(文、写真):(株)キミドリ
■資料提供:北上市役所、二子町振興協議会


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